奥美濃カレーツーリング

 


昨日の雨が嘘のように止み、絶好のツーリング日和になりました。(わんわん)

 

 

管理人さんはお仕事の為・・・お見送り(残念)

 

 

本日は、タンデムが2人(写真お願いしますね!)

 

 

安房峠トンネル後、休憩・・・

(ここのトイレの横に温泉が出ています)

 

 

 

少し寒いですか?(いや、眠い?)

(頭がかゆ〜いの?)

 

 

路面はドライ

 

 

 

お次の休憩場所はこちらで・・・

 

 

カメラマンはお先に行って・・・

(良いアングルですね!)

 

 

こちらですよ!

 

 

今日はバイクが多いな(汗)

 

 

ジャンケンポン!(負けた・・・)

 

 

 

雲が多くなってきたけど、ツーリングは曇りの方が走りやすいです!

 

  

 

さっちゃんはWピース!(あざ〜す)

 

  

  

早く行くよ!(笑)

 

 

もう少しで到着です!

 

 

 

あの城は・・・???

 

 

 綺麗な配列です(Good)

 

 

バイクをとめて、探索しました。

 

  

 

  

 

 奥美濃カレー認定証って有るのですね(汗)

 

  

 

カレーまだかよ・・・!(怒)

 

 

サイダー飲んで待ちます(笑)

 

 

奥美濃カレー到着しました。(笑) 

 

 

奥美濃カレーじゃないお方も・・・(汗)

 

 

食後は、運動 少し歩きました。

その先に有るものは?

 

  

 

郡上八幡城  

 郡上八幡城の天守閣は築60年をこえる日本最古の木造再建城であり、戦後の築城ブームで再建された多くのコンクリート製の城とは一線を画した美しさは、作家・司馬遼太郎をして日本で最も美しい山城と言わしめた白亜の天守閣、郡上八幡城!見晴台からの眺望も抜群です。

 

男:お千代今日はラーメンが食べたいぞ・・・

女:お殿様 帰りに買って行きます・・・

(何ちゃってね!チャンチャン)

 

 

力岩伝説

 

遠藤慶隆が八幡城復帰後に八幡城を改修した節に、城下吉田川から人夫が川原石を背負い上げたという。その中で剣村(現大和町)の通称赤髭作兵衛なる者が1m×75cm、約350kgの大石をひとりで背負い上げたという。普請奉行がその力量を深くほめたたえたとたんに彼はその場で倒れて息たえたという。普請奉行はこれを哀れんでこの石の使用を禁じたという。昭和8年に模擬城の建設にあたり放置されていたこの石を現在地(八幡城庭園内)に安置している。 

 

  

 

天守閣からの眺め

 

郡上八幡城の沿革

 郡上八幡城は戦国時代末期の永禄2年(1559)、遠藤盛数が砦を築き、稲葉貞通、遠藤慶隆の興亡を経て大普請され、寛文7年(1667)、6代城主遠藤常友の修復によって幕府から城郭として認められるに至りました。
 その後、井上氏・金森氏が相次いで入部。宝暦騒動で金森氏が改易された後、丹後国宮津藩から転封した青山幸道によって殿町に居館が築かれ、旧二の丸は本丸、旧本丸は桜の丸・松の丸に改められました。
 明治4年(1871)の廃藩置県とともに廃城となった城は、翌年から石垣を残してすべて取りこわされました。現在の城は、昭和8年(1933)、当時の大 垣城を参考に再建され、木造4層5階建の天守閣等は八幡町重要文化財に、一帯の城跡は県史跡に指定されています。

 

 

私は誰でしょうか?

 

 

 

そのソフトクリーム小さくない?

 

  

 

お城も見たし、そろそろ帰りますか(汗)

 

 

   

 

お土産も買って安心安心

 (ラーメンでしょうかね?)

 

 

 

事故渋滞にはまってしまった・・・(汗)

 

 

後もう少しで・・・

 

 

安着祝いの始まりです!

お疲れ様でした。

 

 

こちらもかんぱい!

 

 

ツーリングって楽しいよね!

 

 

 

 今回も無事に終了することが出来ました、次回のツーリングまでしばしお休みです。

お疲れ様でした。 (^ー^)ノ

 

 

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